不動産業界に「クソ物件オブザイヤー」という年末恒例の奇祭があることをご存知でしょうか?

Twitter(現X)で活動する不動産関係者の集まり「全国宅地建物取引ツイッタラー協会(全宅ツイ)」が毎年開催するこのイベントは、その年に不動産業界で最も話題になった物件・事件を選出し表彰するものです。

ちなみに「クソ」とは悪口ではなく、「クオリティ高く」「ソンタクせずに」という意味が込められています。
そして受賞対象は単なる変わった間取りではなく、業界を揺るがす事件や社会的に話題となった物件・出来事が中心です。

2014年の第1回から2025年まで、12年分の私の個人的な歴代大賞を一気におさらいしてみましょう(笑)

2014年「次世代に語り継ぎたいプロジェクト100選」

大賞:スタンガン社長

記念すべき第1回は、「クソ物件オブザイヤー」という名称ではなく「#不動産屋さんが選ぶ次世代に語り継ぎたいプロジェクト100選」というハッシュタグでスタートしました。全宅ツイの創設者がツイートしたところ、仲間がすぐに呼応し、この不動産屋さんたちの奇祭が幕を開けたのです。

初回の大賞に輝いたのは「スタンガン社長」です。
不動産業者の社長がスタンガンで関係者を暴行したという衝撃の事件です。「ヤキだからな」という迷言とともに業界内で語り草となりました。
地味ながら強烈な幕開けにふさわしい大賞でした。


2015年「クソ物件オブザイヤー」元年

大賞:コニファーコート成城学園前II

翌2015年から名称が「クソ物件オブザイヤー」に改められ、この年の受賞がイベントに大きな注目を集めるきっかけとなりました。

大賞に選ばれたのは「コニファーコート成城学園前II」という、世田谷区の不整形地を大胆に活用して建てられた細長の狭小物件です。
敷地の形状に合わせて建てられたその外観は衝撃的で、まるで建物が地面に刺さったナイフのようです。
「これは住めるのか?」と思わず二度見してしまう形状が話題を呼び、数万リツイートを記録しました。
この年から受賞者にはツームストーンと副賞が贈られるようになり、イベントとしての格式も整っていきます。

なお全宅ツイのメンバーは後年、この物件に感化されてか、高円寺に幅910ミリのさらに細い土地に居酒屋「酒チャンス」を開業することになるのですが、それはまた別のお話です。

2016年

大賞:メルカリアッテ

この年の大賞は「メルカリアッテ」です。
フリマアプリ大手のメルカリが運営するアプリ上で、賃貸物件が売買されていたという出来事です。
本来、賃貸物件の仲介・売買には宅地建物取引業の免許が必要ですが……フリマアプリという「グレーゾーン」を利用して不動産取引が行われていたことが業界の注目を集めました。

テクノロジーの進化が既存の法規制との間に生み出す「隙間」を突いたこの事例は、不動産業界のプロたちに「これはどう解釈するのか」と真剣に議論を巻き起こしたのです。
この年からゲストを招いての発表イベントも始まり、クソ物件オブザイヤーはますます盛況を呈していきます。


2017年

大賞:海喜館(地面師事件)

2017年の大賞は不動産業界を震撼させた「地面師」事件です。
東京・西五反田にある老舗旅館「海喜館」をめぐり、土地の本当の所有者になりすました詐欺師集団(地面師)が積水ハウスから約55億円をだまし取った事件として後に大きく報道されます(被害発覚は2017年)。

地面師とは、土地の本当の所有者に成りすまして第三者に土地を売却し、代金をだまし取る詐欺師のことです。大手デベロッパーでさえ騙されてしまうというこの事件は業界全体に激震をもたらしました。
この物語は後にNetflixドラマ「地面師たち」(2024年)として映像化され、世界的にヒットすることになります。


2018年

大賞:スルガ銀行(エビどう?)

シェアハウス「かぼちゃの馬車」問題で不正融資が明るみに出たスルガ銀行が、この年の大賞を受賞しました。
ちなみに「エビどう?」というのは、スルガ銀行の融資書類において「エビデンス(証拠書類)どうにかしてよ」という意味が転じて業界内に浸透したスラングです。
融資のための書類を改ざんしてでも案件を通そうとする当時の銀行の体質を皮肉る言葉として広く知られるようになりました。

この問題では、サブリース会社が運営するシェアハウスへの投資を勧められたサラリーマン大家が、スルガ銀行の不正な融資のもとで巨額の債務を抱えるという被害が相次ぎました。
この年の候補には「地面師」や「宗教ラブホ」なども挙がっており、業界の多様なトラブルが凝縮された年でもありました。


2019年

大賞:三井の日本橋バーコード

2019年の大賞は三井不動産による日本橋高島屋の再開発プロジェクトにおける手法「三井の日本橋バーコード」です。

三井不動産が再開発の地権者の数を増やすために、84㎡の敷地を30筆に細かく分筆。各筆ごとに異なる合同会社が借地権者となり、それら全社が再開発に同意するという形を整えました。
その測量図を見ると、細分化された区画がまるでバーコードのように並んでいたことから、この名前が生まれました。

違法ではないとはいえ、再開発を有利に進めるための高度なスキームが白日の下にさらされたことで、大きな注目を集めました。
「やっていることはわかるが、それをやっていいのか?」という業界人の驚きと感嘆が入り交じった受賞でした。


2020年

大賞:コロナウイルスで賃貸借契約は消滅する!

2020年はコロナ禍で不動産業界も大きな混乱に見舞われました。この年の大賞は「コロナウイルスで賃貸借契約は消滅する!」という主張です。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、一部の入居者が「感染症の流行は不可抗力であり、賃貸借契約は自動的に消滅する」として家賃の支払いを拒否するという事態が発生しました。

もちろん法律的にはそのような主張は認められませんが、コロナ禍という未曾有の状況を利用した奇抜な理論として業界で話題になりました。
困惑する大家・管理会社と、あの手この手で家賃を逃れようとする一部の入居者という構図が浮き彫りになった年でした。


2021年

大賞:秀和幡ヶ谷の変

2020年のクソ物件オブザイヤーで3位を受賞していた案件が、翌2021年に大賞として返り咲いたのが「秀和幡ヶ谷の変」です。

「秀和」といえばかつて都市部に数多くの賃貸マンションを供給した企業ですが、そのビル群をめぐる相続や売却、再開発計画にまつわる複雑な事情が業界内で長期にわたって話題になっていました。
渋谷区幡ヶ谷の物件をめぐる一連の動きは「秀和幡ヶ谷の変」と呼ばれ、権利関係や地上げの生々しい実態が垣間見えるとして注目を集め続けました。


2022年

大賞:シャネルの階段カー

2022年の大賞は「シャネルの階段カー」です。
東京・銀座の超高級ブランド「シャネル」の店舗外壁にある外付け階段が、実は隣の建物の屋上に「かかっている」のではないかと指摘されたことが発端です。

有名ブランドのビルがまさかの越境問題を抱えているのではないか、という疑惑はSNS上で大きな話題となりました。
超一流のブランドビルにもこうした不動産上の「問題」が潜んでいるかもしれない、という意外性が人々の関心を引き付けました。
豪華絢爛な外観の裏に潜む不動産の現実、というクソ物件らしいギャップが受賞の決め手でした。


2023年

大賞:ビッグモーターの青い巨塔

2023年は、中古車買取大手「ビッグモーター」の不正問題が世間を騒がせた年でした。
そしてクソ物件オブザイヤーの大賞に輝いたのも「ビッグモーターの青い巨塔」です。

ビッグモーターが自社店舗の路上に設置していた高さ15メートルを超える巨大な看板。しかし条例によってその地域では高さ15メートルを超える看板の設置が禁止されており、違法建築物であることが発覚しました。
不正車検・保険金詐欺に続く形で、今度は物件上の法令違反まで明るみに出たことで、企業のガバナンスへの疑問が一層高まりました。不動産の法令遵守という観点からも象徴的な案件として語り継がれています。


2024年

大賞:成田ゲートウェイ

2024年の大賞はズバリ「成田ゲートウェイ」。
麻布台ヒルズ、築地再開発と並ぶ超巨大再開発計画として投資家向けに大々的に喧伝されていたプロジェクトです。

外資ファンドが1.4兆円で取得したとされるこの計画には、クラウドファンディングを通じた個人投資も可能とされていました。
しかし現地の進捗はわずか2%にもかかわらず配当7%を謳い、土地評価が市場相場の100倍とも言われる坪150万円という数字が飛び交う「夢のような」案件でした。
東京都・大阪府から行政指導を受けても「万歳!」と突き進む姿勢が話題を呼び、2024年を代表するクソ物件として殿堂入りとなりました。

この年は他にも、積水ハウスが富士山の景観を遮るとして完成前の分譲マンションを自主解体する決断をした「グランドメゾン国立富士見通り」や、大阪・道頓堀の金龍ラーメンの龍オブジェのしっぽが越境として切断された「金龍ラーメンのしっぽ 切られる」なども話題になりました。


2025年

大賞:ジャングリア

2025年の大賞に輝いたのは、沖縄に開業した大型テーマパーク「ジャングリア」です。

2025年7月に開業したジャングリアは、「オール沖縄」的な取り組みと大規模な投資で注目を集めていました。
ところが、蓋を開けてみるとイメージパース(完成予想図)と現実のギャップが激しく、休憩場所が少ない、プレミアムパスがないとアトラクションにほとんど乗れないなどの声が続出。Googleのクチコミには批判が相次ぎ、それらを全削除するという「敏腕ぶり」も見せました。

不動産・開発案件としての視点から見た完成予想図と現実のギャップという問題点が業界人の心に刺さり、大賞受賞となりました。
なお発表では「本項目は早々に消える可能性があります」という注釈付きで発表されるなど、全宅ツイらしいユーモアも健在でした。

この年は他にも、「みんなで大家さん」がバナナ農場として資金集めをしていた土地でなぜかビニールハウスに小松菜が育っていた「小松菜を育てていました」や、方南町で40年間行政指導を無視した擁壁が崩壊し新築マンションに直撃した「擁壁爆発ハウス」など、個性的な案件が並びました。


まとめ:クソ物件オブザイヤーが映し出す不動産業界の今

12年間の歴代大賞を振り返ってみると、その時代ごとの不動産業界を取り巻く空気感が克明に記録されていることがわかります。

2014〜2015年頃は奇抜な物件・事件が注目を集め、2017〜2018年頃は地面師やスルガ銀行問題など業界の構造的な問題が浮き彫りになりました。
2020年代に入るとコロナ禍や大企業の不祥事、投資詐欺的な案件も入賞するようになり、不動産業界だけでなく社会全体の縮図のような様相を呈しています。

全宅ツイ自身も「不動産業界の年末恒例の奇祭」と自称するこのイベント。
「不動産を面白がることが第一義」でありながら、「時代ごとの不動産事情を記録して次世代に語り継ぐ」という使命感も持ち合わせています。

笑えるようで笑えない、しかしやっぱり面白い。それがクソ物件オブザイヤーの醍醐味です。
来年も年末には「今年のクソ物件は何だ?」とつい気になってしまうこと間違いなし。ぜひ毎年チェックしてみてください。

ちなみに…2014~2019年までの6年間分を収録した「クソ物件オブザイヤー」という本も発売されているので、興味ある方はぜひ読んでみてください。
もちろん私は持っています(笑)


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